今、日本の国は、ある種の暗いムードに包まれています。
経済の伸び悩みが原因だ、と言われますが、本当の原因は別にあるように思います。
日本人は賢い民族ですから、経済的な事に於いても「失敗しないように、騙されないように、賢く生きよう。」と財府の紐をしっかり締め、ついでに心の紐もしっかり締めてしまいがちです。「人生とは、思いがけない良いこともあるのだ。」というリラックスした心の拡がりも、持っておくことも大切な事です。

 

私は一時期、宮崎に住んでいました。爽やかな五月の或る日、家族を連れて海岸に散歩に行きました。ふと見ると、大きな巻き上げ機が広く青い海の中から白いロープを巻き上げています。地引き網を引き上げているのです。
「後、1時間位で上がって来るよ。」と側のおじさんが教えてくれました。
予定の時間が来たのでもう一度、その浜に行ってみると、そこには驚きの光景が拡がっていました。その地引き網が海から引き上げられており、その地引き網の中は魚で満タン!魚、魚、魚――網からこぼれた魚が廻りの浜で跳ね廻っています。「ウファー、凄い!」呆気に取られている私達に、おじさんが声を掛けてくれました。
「何か、容れ物を持って来ない!(来なさい)。」突然の事で何の備えも無い私達は、子供を包んでいたバスタオルを拡げました。そこに、大きなタモ(網)いっぱいの魚をドサーッ!、バスタオルから溢れた魚が跳びはねてます。又、おじさんの声が飛んで来ました。
「もっと大きな容れ物を持って来ない!――欲しいだけあげる!!」

「ウファー、こんなおいしい話があるんだったら、もっと大きい容れ物、用意して来るのだったあ・・・。」

 

次の年の春のことです。朝、少し離れた浜に行きました。心に残る聖書の言葉を思い巡らしつつ歩いていると、足元に何か転がっていることに気付きました。見ると7〜10cm位の貝が周り一帯に転がっているのです。
拾い集めては山を築き、山を築いては拾い歩く――。もう、ワクワク、ドキドキ。「愉快(貝)とは、きっと、こんなことを言うのだろう?!」と愚かな駄洒落が浮かんだりしながらも一生懸命集めました。
そして帰る時、「あー、困った。容れ物が無い!!」着ていたジャンバーを脱いで、貝を包んでも、まだまだ、山積みの貝が残ってしまいました。
そして、その春、殆ど毎日のように海の珍味を満喫したのです!

 

2年後、福岡の地に来ました。嵐の夜が過ぎ去った或る朝、近くの海岸に行ってみました。
見ると岩場に茶色の海草がいっぱいに拡がっていました。驚きました!
「ワカメ」です!、借りてきた大袋で7〜8袋詰め込みますが、まだまだ、残っています。「残念!もっと袋があればー。」

 

聖書の中に「恵み」という言葉が出て来ます。「恵み」というのは「神の一方的なプレゼント」と言う意味です。
聖書の神様は、私達人間に「良いものを与えて惜しまない気前の良い神様」です。
豊かな可能性と恵みに満ち満ちた御方です。「わたしは、あなたにもっと豊かに恵みをもたらしたい」と語られる御方です。
この御方の前に、大きな容れ物(大胆な信仰)を用意しましょう。

「あなたの口(人生)を大きく開けなさい。わたしが、それを(豊かに)満たします。」(旧約聖書 詩篇81篇10節)