主(神)は倒れる者をみなささえ、かがんでいる者をみな起こされます。すべての目は、あなたを待ち望んでいます。あなたは時にかなって、彼らに食物を与えられます。あなたは御手を開き、すべての生けるものの願いを満たされます。(詩篇145篇14~16節)

日一日と暖かくなり、ウグイスの声や、桜の開花に続いて、野山の草木が一斉に芽吹いて来ます。
春爛漫――野山は春の香りで満ちています。春の訪れは人の心に浮き浮きとした喜びをもたらしますね。

私は「春」になると思い出す、特別なヒトコマがあります。
私達の教会には多くの学生達が訪れ、卒業と共に各々の郷里に帰ったり、都会地に勤めに行ったり、様々な形で、その人生を歩んでいます。
多くの青年が順調な歩みをする中で、どうしても職場環境に馴染めず、孤立してしまった青年がいました。教会に少しの間、帰って来ましたが「ああ僕は何をやっても駄目なんだ・・・。」と言うのが彼の口癖でした。

或る日、気落ちしている彼を何とか慰めようと、かつて、彼が学生時代に先輩達と一緒に、よく魚釣りをした山の中の池に彼を誘いました。その池は不思議とよく釣れるのです。静かな山の中、春の陽差しを浴びながら、色々な事を話しながら釣り糸を垂れていました。でも、その日に限ってなのか、春先のためか、なかなか魚が餌に喰いついてくれません。陽は傾き、暖かかった陽差しも陰り、だんだんと寒くなって来ました。「ああ、早く釣れてくれないかなあー。」夕方になり、水温が落ちて来ると、もう魚は餌に喰いつかなくなるからです。(長年の経験でわかっています)でも、このままやめて帰る訳にはいきません。

「自信」を失っていた彼が、余計、失望の淵に沈んでしまうのが手に取るようにわかっていたからです。
「神様、何とか釣らせて下さい。」と心の中で祈りました。周りがすっかり暗くなり「もうこれまでか・・・。」と思い始めた時、「来たァー。釣れたァー!」突然、彼が叫んだのです。暗い闇の中で何とか目を凝らして見ると、竿が弓なりに大きくしなっています。
どうも大物が掛かったようです!「ゆっくり上げろよ。逃がすなよ!」そばの私も大興奮です。彼を連れて来た私も、何とか面目が保てた、と思いました。ところが、です。
竿は大きく曲がっているものの、静止したままです。
―おかしいなあ?―魚がかかれば、もっと竿は動くはずです。
いわゆる(生体反応)が、手応えが全くないのです。
「おかしいなあ・・・?」嫌な予感がしました。

でも、「大きな魚が釣れた!」と信じている彼は一生懸命リールを巻いています。程なくして得体の知れぬ、その物体が水面にその姿を現わしました。驚くばかりの大魚ではなく、驚く程、大きな(木の枝)でした。

釣れたものの(実体)を見た彼は叫びました。「ああ駄目だ。どうせ僕の人生はこんなものだ!!」(本当の彼は非常に優秀な人間です。でも否定的な事が続くと、本当に人間は、何もかも駄目!って思ってしまいますね)失望し、しょげ返っている彼の姿を見て、私は責任を感じていました。
今更「人生は諦めも肝心だよ。」と言って連れ帰る訳にも行きません。「どうしょう・・・?」私も困り果て必死で神様に祈りました。「もう暗くなって魚が釣れる見込みは全くありません。神様、助けて下さい。」

しばらく放心状態であった彼が、何やらゴソゴソと始めました。釣り針に餌を付けているのです。「えーっ、まだやるの・・・?」ここ迄来れば彼の納得いく迄、付き合おうと思いますが、早春の山の中、寒くてたまりません。
「◯◯君、今日はここ迄にして、明日、又、来ようよ。」と声ならぬ声が私の心に昇って来た、その時でした。「釣れた!掛かったぁー!」
彼の大声が闇の静寂を破りました。しかし、彼の反応の割には私の心は鈍っていました。
「いや、又、木の枝だよ。これだけ夜が更けて、これだけ寒くなっているから釣れる訳は無い・・・。」と少し否定的でした。
でも、あまりにも彼が動き回るものですから、恐る恐る、私も竿に触れてみました。驚きました。グーンと来ました!「本当だ!」―竿が折れそうに曲がりグングンと糸が引っ張られます。
明らかな(生体反応)です!「逃がすなー!」今度は、こちらが大騒ぎです。
転んだり、すべったりしながら自動車まで走って戻り、車の中にあった道具箱をひっくり返して(現場)に急行です。
水際まで揚がって来た鯉の下に道具箱を差し入れ、万一、糸が切れても魚が逃げないようにしてから、二人掛かりでやっと岸の上に引き上げました。

見ると、すごく大きな鯉です!幼い頃から魚釣りをして来た私も初めて見るサイズです。(持って帰って測ってみると78㎝ありました。)
大喜びをしている彼の姿を見て私は本当に感謝しました。あくる日、近くの川に鯉を放しに行きました。鯉を川の中につけてやると、鯉は「あれえ、場所が違うな・・・。」しばらく不思議そうに、じっとしていましたが、やがて「まあ、いいかあー!」と割り切ったような顔をしてサア-と泳いで行きました。
「鯉さん有難う、釣れてくれて。神様、釣らせて下さって有難う、お陰で○○君も自信を取り戻してくれたみたいです。」
神様の驚くばかりの憐れみに本当に深く感謝をささげました。
そして、かつて聞いたことのある一つの言葉を、もう一度、心の中で繰り返しました。

「もう終わりだ。――しかし、本当の人生は、すぐその直後にやって来る。諦めない人生に終わりはない!」