彼女が死に臨み、そのたましいが離れ去ろうとするとき、彼女はその子の名を「ベン・オニ――私の苦しみの子」と呼んだ。しかし、その子の父は「ベニヤミン――神の大いなる創造の御手」と名づけた。(旧約聖書 創世記35章18節)

人生は様々な出会いと局面に満ちています。

しかし、その一つ一つの事柄をどのような見方(視点)をし、又、どのように結論づける(名づける)かによって、その後の人生は大きく変わって行きます。

今のイスラエルの国は、「ヤコブ」という人から生まれた12人の子供 (12部族)にその源を発します。

その一番、末っ子(ベニヤミン)の生まれた時の出来事は、彼の人生に大きな影を残して行ったように思われます。

「自分が生まれた時、母親は難産の苦痛に苦しみ、その揚句、死んで行った。――しかも、母親はその死の間際に、ベン・オニ(私に苦しみをもたらした子)と自分に名付けて死んでいった。」――生まれながらに、これ程苛酷な運命を背負った人は、そんなにいないと思います。事有る毎に「ベン・オニ」は自分の出生と人生とを呪ったことでしょう。

他の人に迷惑を掛けて生きている――この意識ほど、人から生きる意欲を失わせるものはありません。

最近、マスコミを通して「引きこもり」の人々の記事や話題によく出会います。

私もそういう立場の方を幾人か知っていますが、殆どの人が、心根の優しい人ばかりです。それだけに余計に「自分のこの状態が家族や廻りの人に迷惑を掛けている」と人知れず悩み込み、いよいよ起き上がれない状況に自分を追い込んでしまっている。

そういう中で無情にも時間だけが流れて行き、ますます喪失感だけが募って行く――そう感じている方も多くいらっしゃるように思います。

しかし、今日、次の事柄を知って頂けたら、と願います。

①「人は神によって造られ存在している」――その人にだけ与えられている尊い目的と使命がある。

②神は「ベニヤミンー神の創造性と命に満ちた存在」として、あなたを造っておられる。

③その証拠が神の子「イエス・キリスト」の十字架である。キリストは私達の人生のすべての(呪い)を身代わりに背負って十字架で死んで下さり、三日目に甦って下さり、今も生きておられる。

④その御方に出会う時、どのような人も、どのような人生も、全く新しく造り変えられて行く。

⑤自分では抜け出すことが出来ない、と思われる状況の中にも、イエス・キリストは訪れて下さり、その穴から完全に解放して下さる。

 

神の言葉である「聖書」は語っています。

「人には出来ないことも神には出来る。神は何でも出来るからである。」

神の子イエス・キリストは今日、あなたの見方と考え方を全く造り変え、あなたを捕らえているすべての枷(かせ)を砕き、あなたを自由の身として解放して下さるだけではなく、あなたに新しく生きる、その道も備えていて下さるのです。