私は一つのことを主に願った。
私はそれを求めている。
わたしのいのちの日の限り、主の家に住むことを。
主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。
それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ。
今、私のかしらは、私を取り囲む敵の上に高くあげられる。
私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、歌うたい、主に、ほめ歌を歌おう。
(旧約聖書詩篇27篇4〜6節)

明けまして おめでとうございます。
2020年代は、自然界に於いても、世界の動きに於いても、大きく揺り動かされる時代となることでしょう。
そうした時代を乗り越えて行く、勝ち得て行くために大切なことは――「神の川に潜る」ことです。それは目まぐるしく変化していくものに心奪われ、疲れ果ててしまう生き方ではなく、神様との深い交わりの中で永遠の世界が開かれ、永続的な真に安定したものの上に、その人生を築いて行くことを言うものです。

私は「川潜り」が大好きです。
子供の時も大人になってからも、「川潜り」が大好きです。
幼い頃、家の前に大きな川がありました。
夏は朝から晩まで川で遊んでいました。
ドブンッと飛び込んで川底までずーと沈んでいきます。すべての音が消えた世界です。
その中に身を任せていると、心も体も解きほぐされて行くような感じでした。
大人になっても「川潜り」をしました。川好きが3人「三馬鹿大将」と呼んで色々な川に出かけました。

或る夏のこと、琵琶湖に流れ込む安曇川の中流域、朽木村に行きました。高山から流れ出る水は夏でも冷たく、すぐ唇は紫色になりましたが、川から出ることが出来ません。
何しろ、2mも、潜らないうちに、周り一帯は、30〜40㎝のウグイ(川魚)が群れをなしているのです。又、色々な種類の魚も沢山いるのです。もう大興奮です。大感動です。
日が暮れるまで魚を追いかけます。
翌朝も起きるとすぐ川の中に潜ります。その日も一日、魚と格闘です。
食べる御飯のおかずは、皆、捕った魚です。
あの日の興奮と感動は今でも忘れません。
そして、今でも、川に潜っています。
もっと深く、もっと醍醐味を伴った素潜りです。
それは、「神の川」に潜るのです。
朝早く、神様の前に出て祈ります。
心の中にある良いもの(あまり無い)、悪いもの(沢山あるけど)も、一切合切、神様の聖霊の助けによって神様の前に注ぎ出します。
心の中がどんどん軽くなって、ジワーッと、神様の下さる安息が心の中に拡がっていきます。
至福のひと時です。
それが安定すると、心のあちらこちらから、ウグイが泳ぎ出て来ます。
神様が、色々なことを教えて下さったり、素晴らしいアイデアを与えて下さったり――あの安曇川以上の興奮が身体の中を駆け巡って行きます。
「大変だあー、年取ったあ、悩んでるーッ」と言っておれません。
第一、そんな落ち込んでいるヒマはないのです。
神様の下さる恵みは日ごとに新しく、日ごとにバージョンアップして行くのです。
今日も私の魂は叫んでいます。
「アーッもっと神の川に潜りてェー!」
この年、今迄以上に川潜りを楽しみます!