作詞 三木露風
作曲 山田耕筰

夕焼、小焼の あかとんぼ 負われて見たのは いつの日か

山の畑の 桑の実を 小籠に摘んだは まぼろしか

十五で姐やは 嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた

夕やけ小やけの 赤とんぼ とまっているよ 竿の先

この歌は沢山の人に親しまれていますが、1番の歌詞を「♪追われてみたのは~」と歌っていた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。実際は、「負われて、背負われて見たのは」という意味です。

作詞をした三木露風は5歳の時、両親が離婚したため、祖父の家へ引き取られたそうです。昔のこと、露風は祖父の家で雇われていた姐や(子守り奉公に出された少女)に面倒をみてもらっていました。その姐やに負ぶわれて、赤く染まる夕やけの中、赤とんぼを見たのでしょう。また、故郷の兵庫県竜野の山の桑畑に、お母さんと一緒によく桑の実を摘みに行ったものだが、今になってみれば夢かまぼろしのようだ、とうたっています。そして、自分の面倒をみてくれていた姐やが、15歳でお嫁に行ってしまった。(お里に露風の母親が戻っていて、その近所から姐やが奉公に来ていたのではないだろうか、との解釈があります。)もうお母さんの様子をうかがい知ることができなくなってしまい、「あぁ、お母さんはどうしているのかなぁ。」という少年の切ない思いが伝わってきます。この「赤とんぼ」の歌は、露風が洗礼を受ける北海道函館のトラピスト修道院で、窓ごしに赤とんぼを見て、幼い頃を思い出し、詩となったそうです。竿の先にじーっと羽を休める赤とんぼ。「なにげなく見ていた竿だが、私にとってそれは慰めがあり、安らぎがあるイエスキリストの十字架そのものだ。」と露風は強く感じた、と言われています。


この詩に山田耕筰はすぐに目をとめ、曲想が浮かんだそうです。9歳で父親を、17歳で母親を失った耕筰には、この詩にこめられた露風の思いが我がことのように思えたのでしょう。メロディは静かで大きな抑揚はありませんが、深く深く心に染み入ってくる歌だと思います。あまりにも忙しく、物事に追い立てられ、心がすり減っている今、この歌は私達日本人に、失いかけている大切な何かを思い起こさせてくれるような気がします。